やましいたましい

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歯科医幻想

こうも違うのかな。先日、歯医者で詰めてもらった詰め物が、その夜のうちにとれてしまった。歯磨きしたら簡単にとれたのだ。こりゃダメだおもい、今度は別な歯医者に行ってきたのだが、そこでいわれたことは、わたしにはちょっと驚くべきことであった。
そこの歯医者が「おかしいな、おかしいな」と不思議そうにいっているので、「詰め物がとれたんですけど」というと「どこっていうより、虫歯とかないんですけど」
「・・・えっっ!」
その歯医者によると、やはりわたしには虫歯は一本もないらしかった。わたしの歯のレントゲンを見せながら詳しく話してくれたので、やはり間違いないらしい。それどころか、わたしの歯は、わたしの歳にしてはめずらしく、キレイに一本一本神経が通っていて、実にいい状態らしいのである。
「前の歯医者では、虫歯も根深いし、歯軋りもひどいから、ボロボロだっていわれたんですけど」というと、「いやいや、歯軋りとかも、たぶんないとおもいますよ」
歯軋りもない・・。
たしかに今そういった。たしか前回の歯医者でそういわれた時に、歯軋りなんてまったく身に覚えがないし、だいいち、歯軋りなんてわたしとは無縁の話だとおもって、少なからず驚いたが、なにぶんわたしの意識が及ばないときのわたしの状態なので、それはそれで仕方なく受け入れようとしていた。原因はストレスですけどね、っといわれた時も「まぁストレスって・・あるね」と納得していた。しかしここの先生がいうには違うという。歯軋りなんかないという。「もし歯軋りがあると、ここの歯が削れて丸くなっていくんですよね、しっかりありますし〜」という先生の説明を聞きながら、わたしはどこからともなく湧いてくる怒りにも似た感情をあじわうのにそうは時間は掛からなかった。わたしは出来るだけ静かにその先生に聞いてみる。「あの〜わたしは騙されていたんですかね」
考えてみれば、おもい当たる節はたくさんある。治療がいつ終わるともしれないエンドレスな雰囲気を匂わすあの歯科医の口調。「次の予約はいつにしますか」と、あまりにも、あまりにも気軽に話しかけてくる受付スタッフ。そして、いつも、いつも誰もいない待合室。
「いや〜どうなんですかね〜治療方針もそれぞれ違いますし〜」
いやいやわかりました。わかりましたよ先生。いくらなんでも同業者の悪口は角が立つ。みなまでいわなくてもわかりましたよ。そうなんですね先生!わたしがおもっていることは間違いないんですね。「先生、わたしはここ一本でいきますよ、先生」わたしはおもわず語気を強めた。
考えてみれば、ここの歯科も、軽く1時間は待たされたし、待合室がかなり混雑して居づらかった。近所のガキなのか知らないが、静かに本を読んでソファに座ってるわたしの周りを、無意味に旋回したりもしていた。しかし待たされる?ひとりひとり患者に丁寧に対応しているからじゃないか。それよりも何よりも、この賑わいが評判を物語っているじゃないか。ここしかない、ここしかないんだよ。「先生、他に治療するところはないんですか!」 ついでに壺とか売ってないんですか!買いますけど。そんな気持ちでわたしは先生に訴えてた。
「まあ、あとは歯石が少しあるので、やるとしたらそれですね、それで終わりです」
それで終わり。finish そう、それなんだよ。その言葉がなかったんだよ前の歯医者は。それこそ信頼がもてる言葉じゃないか。わたしは迷うことはなかった。
「先生、それをお願いします」
わたしはさらに語気を強めていった。わたしの信頼度はピークを迎えんばかりだった。
「ああそうですか、歯石やりますか。じゃあ、ちょっと待っててくださいね」 と先生はなにげに診察室の奥の方の暗がりに消えていった。
歯石取りか。何年ぶりかな。3年くらい前にやったっきりかな。あんまりたいした記憶はないな。まぁ、先生のことだ、大丈夫だろう、大丈夫だ。いまさらながら、わたしの先生への信頼度はハンパないわけなのである。
そうこうしてるうちに、なぜだか見たこともない制服姿のコギャル風彼女登場。ニコニコしている。隠しているマスク以外は、まったくのコギャル風。誰だ君は。なんなんだ、そのリカちゃん人形のような極めて人工的な金髪は。
あれ、先生は。わたしの信頼してるあの先生は!と、彼女の肩越しに先生の行方のうかがっていると、
「よろしくおねがいしますぅ」
とコギャル風彼女がいう。まさかこのコギャルが歯石担当!先生はどこいった。そしてなんなんですかその口調は。
「はい、横になってく〜ださ〜い」
「口をあけてく〜ださ〜い」
気の遠くなるような事をこのコギャルがいう。いったいなんだろうこの慣れた口調は。おそらく彼女が数ある経験の中からあみだしたのであろう、この言い方、トーン。自信すら感じさせるその口調。言い換えれば心ない口先だけだともいえる。彼女はこの慣れた口調で数ある患者の歯石をとってきたのだろう。そしてこのわたしもその数あるうちの一人なのであろう。ようするにやっつけ?わたしはイヤな予感をぬぐいされずにいた。
「はい、口をあけてく〜ださ〜い」
わたしは観念して口をあけることにした。
あれ、なんか、いたい。っていうかガサツ。っていうか手荒?なんかこう、グリグリくる。歯石取りってこんな痛かったのか。いやそんなはずない。わたしは歯石取りは初めてではないのだ。でもウィーンと音がする機械が歯茎の横っちょにそれてくる時に非常に痛い。なんかすごく強引にくる。容赦なくくる。これはマズいぞ。そうだ手を挙げればいいんだ。痛いときは手を挙げればいいんだ。これ歯医者の常識ね。すっかり忘れてたよ。わたしはこんど痛みがはしったらすかさず手を挙げることにした。
あれ、おかしい。わたしは手を挙げてるはずだ。顔をガーゼで覆われてるので確認は出来ないが、かなりピンと張ってるはずだ。わたしはまるでマルモのふたごちゃんよろしく、もう、おもいっきり張っている。オトナがこんな張ることないよ普段。でもコギャルの手は緩まない。それどころか、わたしのこの抵抗が気にでも障ったか、さらにグリグリきてるような気もする。わたしはピンと手を張ったまま、グリグリきている。もうダメだ。万策尽きた。わたしはこれからくる恐怖におののきながら、なすすべなく応じるしかなかった。
「そこにある水でクチュクチュしてくださ〜い」
途中うがいをしろという命令に、従って口を濯いでみると、吐き出したものは血で真っ赤になっていた。わかっていた。そんなことはわかっていた。口の中がだんだん血なまぐさくなってくのは自分でもわかっていたし、後半はそれが気分が悪い原因にもなっていたからだ。
「口をあけてく〜ださ〜い」
「口をとじてく〜ださ〜い」
「お口をクチュクチュしてく〜ださ〜い」
これら全てに従いながらも、わたしはおもっていた。わたしの好みはこんな子じゃない。こんなコギャルじゃない。わたしはもっと朴訥な子が好みなのだ。先日、DVDで観た映画「悪人」に出てくる深津絵里のような、さして流行ってもない紳士服売り場で働き、地味な服装で一日を終え、雨の中ひとりさみしく自転車で帰る。そんな、まるでハズレくじのような人生でも、健気にお客さん一人一人に、つたないながらも自分の言葉で話そうとする。1日中編み物なんかやっていても「おんなじこと続けるのって以外とすきかもー」なんていってくれる。そんな子がわたしは好みなのだ。
「もっとおおきく口をあけてく〜ださ〜い」
とコギャルが要求してくる。そのすべてに応じながら、わたしの好みはこんな子じゃないんだと、わたしは頑なに誓うのであった。






なんだかわからないけど、さいごにズットズレテルズ