やましいたましい

音楽を中心に服、本、生活の話題など

こだわること

今週のお題「私の小さなこだわり」
こだわりのジーンズを履き、こだわりのシャツを着る。そしてこだわりにソファーの座り、こだわりの音楽を聴く。すごく気分のいい瞬間でもある。考えてみればわたしの部屋はわたしのこだわりであふれている。

むかし職場で一緒だった会社の先輩は、結婚当初、よく奥さんとささいなことで揉めたらしい。
彼は、一人暮らしをしている時からのきまりで、いつも仕事から家に帰ってくると、部屋の窓を全開にして中の空気を入れ換えるのを、いつからかの日課にしていた。というより、そうしないと気が済まなくなっていた。何となくだが気分がわるいのだ。それは結婚当初、さんざん奥さんにも説明はしていたが、奥さんはそれを、よくもまあ怠っていたため、そのつどケンカになったらしい。


「おまえ、なんで窓あけとかないんだよ、あんなにいったのに。オレは部屋の空気が淀んでいるような気がしてヤなんだよ!」


そうすると奥さんは、いつもこう切り返す。


「それなら、あなた、いつもシャンプーのフタ閉めてないじゃない!あんなに言ってるのに」


お互いのこだわりがぶつかり合う瞬間である。生活習慣が違うものどうしがはじめて一緒に暮らすのだ。それはある意味仕方がないかも知れない。
わたしは、その先輩の話ををいつも微笑ましく聞いていたが、今おもうと、その話はわたしにとってはおそろしいくらい耳が痛い。他人事どころか、おもい当たる節がいくつもある話にきこえてくる。わたしはむしろ、今まで積極的にこだわりを作ってきた。そのこだわりにアイデンティファイすることで、歳を積み重ねてきたような気もする。わたしがわたしである所以であるようにもおもうのだ。

「ねえ、お互いこだわるのはやめにしない・・・」

仲直りをするときの彼女のセリフである。

そうだよな。そんなこだわりなんて、本当にそんなものどうでもよくなるよな。


あの震災があった日、わたしは帰りの車の中で、グチャグチャになっているであろうわたしの家を想像しながら、大切にしているギターだけはなんとか無事でいてくれたらいいな、と考えていた。他のはもうしょうがないなと半ばあきらめてもいた。あんなにこだわって集めたり、使っていたりしたのにだ。そしてもっといえば、ギターだって同様におもっていたかも知れない。わたしにしては、少々高い代物だったからそうおもっていただけで、もしダメなら、それはそれでしょうがないともおもっていた気がする。そんなものだ。
それよりもあの日、わたしが何よりも気になっていたのは、彼女、家族、友人の安否である。
いくらかけても繋がらない。今さっきかけたばかりで、結果は同じなのをわかっていながら、わたしは何十回も電話をかけつづけた。そうでもしなければ、何かこの不安につぶされそうなおもいすらしていた。
そしてやっと繋がって、聞き覚えのある声が受話器から聞こえて来たとき、何ともいえない懐かしい気持ちがこみ上げて、一瞬言葉にならなかった。何にもなくてもいい。また一から作ればいい。かけがえのないものはわかった。もうほんとにわかった。わたしは、崩れ落ちてしまいそうな安堵感と、うっすらと滲んでくる涙を必死でこらえながら、こう切り出した。

「なんだ、元気そうじゃんか!」