やましいたましい

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SWEET 40 BLUES

ごぶさたでおま。
なんかこう今月はいまいち書く気になれなかった。あいかわらず新しい音楽は聴いているし、去年聴いた気に入った音楽も書こうとおもってまだ書いておらず、なんか宿題のように、頭の片隅に想いだけがたまったままなのだが、ぜんぜん書く気になれなかった。なにか原因不明の憂鬱におそわれていたのかといえば、そうではない。原因ははっきりしている。今月わたしはずっとギターを弾いていた。
わたしなりにこの2月を総括すると、今月は暇さえあればずっとギターを弾いていた。特に今月の半ばあたりからは、毎日仕事から帰ると、食事にもあまり興味もなく、適当に詰め込むだけ詰め込むと、さっそくもうギターを弾いていた。こんなことはもうまったくはじめての事だし、バンドをやっていた20代の頃なんかはむしろ練習なんかはきらいだった。好きなギタリストもいなかったし、もっぱらギターなんか曲を作るための手段としか考えてなかった。
きっかけは、今月、ほんと久しぶりにあたらしいアコースティックギターを買おうとおもったことからはじまる。ギターどころか、楽器自体買うことすら久しぶりだったし、もう買わないかもとすらおもっていた。しかし今月誕生日をむかえ、40歳になった記念(わたしは40歳なんですよ)というのもなんだか後押しをし、前からなんとなく、部屋で気軽に弾ける、しかも気に入った音のギターが欲しかった。そんなおもいが沸々とわいてきて、ついに買うことにした。
買うとなったらわたしは真剣だ。なにしろわたしもわたしなりに積み重ねてきたことがある。今わたしがいちばんほしい音が奏でられるギターを買うのだ。昔みたいにマーチンやギブソンなどの名ブランドに左右されることもない。音量は小さくてもいいから、繊細で深みがあってバランスがいい。とにかく弾きやすいギター(ここいちばん重要)を見つけるのだ。けして安い買い物ではないが、なるべく安く、コストパフォーマンスの高いものを探す。ブランドにはこだわらない。そう決めてわたしは御茶ノ水に足繁く通った。
パソコンを開けばいつもギター情報ばかりに集中し、ギターの材まで調べた。ギターは材質によって音がぜんぜん違ってくるもので、昔からなんとなく知ってはいたが、それもずいぶん詳しくなった。特にアコギに関しては、年代を経るごとに、弾きこむことで音が鳴ってくる(成長してくる)ものなのだ。わたしが好きなジーンズや革製品に似ていて、そこら辺も深く入り込みやすかった点かもしれない。とにかく楽器屋で”これは”というのは弾きまくったし、30本以上は弾いたとおもう。ほんと、どのギターも違う音がするというのは(たとえ同じ型のギターでも。個体差ってやつですね)驚くべきことだった。なんかいい経験になるスタートかもしれない。
そしてわたしはあたらしいアコースティックギターを買った。 Larrivee (ラリビー)というカナダ産の、マーチンでいえばニューヨーカーサイズの小ぶりなギター。それをガンガン弾いている。いや、正確にいえばポロリポロリと弾いている。わたしも大人になった。だいたい弾くのは夜の夜中のいい時間帯だ。近所めいわくということもある。だから出来るだけこっそり、部屋の片隅で弾くように弾いている。若い頃は、こそこそやってると、ライブでもそのクセが出るぞという話もあり、部屋でも近所めいわくを顧みずガンガン弾いていたが、けしてそんなことはない。ようは”ココ”(ハート)の問題ですよ。だからわたしはできるだけバカな顔をして弾く。クレイジーなかんじで。尋常じゃない集中力を研ぎ澄まして。わたしが10代半ばごろからずっと続けてきたこと。唯一やめなかったのはギターを弾くことだけだ。あれから20年だよ。
20年前のわたしは、今からおもえばすごく実直だったとおもう。すべてにおいて正しくあろうとしてたとおもう。それはわたしが荒々しいロック音楽から学んだことだったし、その先の指標も音楽にゆだねていた。エレファントカシマシなんか正座して聴いてた。ほんとそんな気持ちで聴いていた。いつも本当のことはなんだろうとおもい、本当のことを知りたいとおもいながら生きていた。あの頃のわたしからみたら、今のわたしはダメだろう。ギュウギュウ詰めの満員電車に、自分まではなんとか乗ろうと後ろからガンガン押してるわたし。何食わぬ顔でつり革につかまりそっと目を閉じてるわたしを見て彼はどうおもうのだろうか。面倒くさいからといって、確実に多くなった愛想笑いをするわたしを、彼はけして許さないのではないか。申し訳ない。
本当のこと知りたいというのも、いつしかどうでもよくなった。というか、本当のことなど無いのだ。それだけはわかった。物事がうまくまわっている時は、その物事の中心は、得てして何も無かったりする。小泉首相の時なんかほんとそうでしょう。むりくり実を入れようとすると逆にダメになっちゃうわけ。今の政権みたいに。そのことが分かった時は、わたしはすこし途方にくれた。ポカーンとしたよ。なぜなら答えが出たところで、ドラマのエンディングみたいに、気持ちよく終わってくれないからだ。わたしの人生はそれでも続けていかなければならない。まったくのモラトリアムですよ。だからといってわたしは宮台真司の信奉者ではありませんが。(終わりなき日常を生きろ!なんてね。なつかしー)
だからというわけではないが、わたしはギターを弾いている。今はついに、ブラインドブレイクやロバートジョンソンなどのブルースをやろうとしている。なぜこんな80年以上も前の音楽をやろうとしてるかというと、最近特に好きになったというものあるが、なにせ難しいのだ。今まで培った自分のやり方が何一つ役に立たないくらい。なす術なく降参する。ハァ〜ってかんじ。
それでもこうやってギターを弾いてると、すごく特別な気分になることがある。あの頃のわたしに戻ったような気がして、というよりは、もっと違う。なにか積み重ねてきた、はるばる来たな〜というような特別な感情だ。これはわたし自身が積んできたものだ。だからガンガン弾く。いやポロリポロリだった。そしてあの頃のわたしにこれだけはいいたい。30過ぎたら演歌聴かなきゃいけないんだって!冗談じゃない。25歳までに結果をださなきゃだって。そうあせるなよ。いまでもやってるよギター。20年以上たったいまでも。おまえがむずかし過ぎて放り投げたブラインドブレイクやロバートジョンソンやってんだよ。あの頃よりもっともっとバカみたいな顔をして。さらに情熱をこめてやってるよ、と。