やましいたましい

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偽ビール

わたしの職場である大学病院の食堂には、ドリンクバーがあり、わたしは結構な頻度で利用している。種類のほうも、コーラ、カルピス、ウーロン茶、デカビタみたいなやつと、10種類ぐらいはあるとおもう。なかなかの重宝さ具合だ。
最初のころは種類の豊富さに、代わる代わる楽しんでいたのだが、こと毎日のことである。いつしかその変わり映えのしないラインナップに、わたしは少々飽きあきしていた。だからであろう、いつの頃からだったかわたしは、それらをミックスしはじめたのである。大人げないね、はしたないね。でもやったった。遊びこころと好奇心。おじさんのハートの中身は、意外とそんなものが脳内メーカーのごとく渦まいている。   はじめは無難なとこからやってたとおもう。「たしか、カルピスとコーラとかはテレビでやってたな」とか「オレンジジュースに紅茶だったら、オレンジティーだから有りか」とかいいながら。まあ無難なとこだから味に間違いはなく、このことが拍車をかけるきっかけになったのかもしれない。
紅茶とかウーロン茶とかの”お茶系”と、コーラなどの”炭酸系”をミックスするときはさすがに勇気がいった。まったく味が想像出来なかったからだ。しかしわたしのミックスしたい、やってみたい願望の好奇心は、すでに求道者のごとくになっており、そこで止まるなんということはけしてなかった。なにか泥水みたいな色になり、そして味的にもやっぱり完全に失敗した。わたしは罰ゲームのごとくを顔を歪めながら飲みきった。しかしそこでもわたしは止まらなかった。なにか使命感のようなものにかられていたのかもしれない。
紅茶とデカビタみたいなやつをミックスしたときはおどろいた。一瞬、どこかで飲んだ味だとおもい、自分の記憶を辿って、おもいだした。なんとなくだがアルコールのない、サワーやカクテル系の味に似ているのである。これはまわりでもささやかだが好評だった。わたしにしてもこのときの昼食は2割、3割増しのおもわぬ楽しい食事だった。なにせ、ほんのちょっとでも昼間からお酒を飲んだ気分を味わえたのだ。しかも仕事中にだ。そのときの気分ったらなかった。そしてこの頃からわたしの狙いはひとつに定まってきたのだとおもう。そう、ねらいは日本国民のお酒、誰もが一度は飲んだことがある、あのビールである。
                     コーラ1、デカビタみたいなやつ4、ウーロン茶5
この比率は守らなければならない。これがわたしの試行錯誤してきた結果である。コーラはあくまでも色付けで、この比率を上げると黒ビールに近くなる。これ、この比率。見ため完全にビールなんです(ほんとなんだから!)。 おもわぬ収穫は、デカビタみたいなやつで、このデカビタ、なにか他のものと混ぜたりすると、ちょうど上のほうが白く泡立つのである。まるでビールみたいに(あっはは) これを発見したときにわたしのこころは踊った。もう9割方出来たと確信したのだ。そしておもいきっていっっちゃうが、じつは味的にも”ビール”とまではいかないが、今話題のノンアルコールビール”スタイルフリー”にせまるかの勢いなのである(本人談)。
  見た目的には完璧なビール。そして飲む。一瞬だがそんな味もしなくもない。すぐに我に返る。そしてげんなりする。
そんな一連の感じである。しかしビールを飲んだ感覚。そこが大事なのである。しかもわたしが試行錯誤の上、作り出したのだ。これもかなりのポイントである。わたしははじめて同席する同僚には、いささか自慢するように紹介するようにしてた。あくまでもさりげなく、さりげなくだ。
「ジャジャーン、これビールっぽくない」
つい先日のことである。休憩時間に、わたしはいつものように食堂にむかう先の廊下で、例の食堂にいつもいるウェイトレスさんにあった。なにかを配達をしている様子で、わたしを見ると、笑顔であいさつをしてきた。 「いつもありがとうございます」 「いやいや、今から向かうとこなんですよ」 「そうですか」  わたしはかるくあいさつをしてわかれた。
わたしは食堂に行き、いつものようにドリンクバーで、わたし流”偽ビール”の製造にとりかかった。コーラ1。はじめのコーラ1のところが肝心だ。ここをほんのちょっとでもボタンを押しすぎると、2、3といってしまう。このタイミングが神経をつかうとこである。そうおもいながらコーラボタンを押した瞬間、わたしはなにやら他人の視線をこめかみあたりでキャッチした。見ると先ほどのウェイトレスさんがいるではないか。早っ!しかもなにか、先ほどはどうも的なかんじでニコニコしている。わたしはここで躊躇した。なぜならわたしは、そのウェイトレスさんの視線を浴びながら、いつものミックス作業が出来なかったのである。なにか、「いい歳をして、ジュースをまぜるじっけんをしてるおじさん」におもわれないか。実際そうなんですけど。だからわたしは躊躇してしまった。コーラ1、2、・・・・・10、コーラ10。  グラスはまたたく間にコーラのみでうめつくされた。失敗、ちょー失敗だ。わたしは諦めにも似た気持ちでいた。そして仕方ないとおもった。なぜなら、わたしは「いい歳をして、ジュースをまぜるじっけんをしてるおじさん」にだけはぜったいおもわれたくなかったからだ。実情そうなんですけど。
わたしは、力をだしきれなかった敗戦投手のようなきもちで、席にもどった。まあいい。ドリンクバーだ。このコーラを早めに飲みほして、またタイミングを見計らって作りにいけばいい。わたしはなかば強引にコーラを飲み干そうとした。すると、くちにした瞬間にわたしにはおもってみなかった感覚がおそってきた。
「う、うまいよこれ!」
ひさしぶりに飲むオリジナルコーラはめちゃうまかった。しかもいつのまにか甘さひかえめコカコーラゼロになっていた。そこもよかった。ひさしぶりの本格炭酸は、知らず知らずのうちに超微炭酸に慣れした軟弱なわたしののどに、尋常じゃないくらいきまくったのである。その瞬間、わたしの中のなにかがスッとしぼんでくようなきがした。
わたしは迷わず2杯目もコーラを目一杯注いだ。
あれ以来、偽ビールは飲んでいない。
つい最近のこと、先に食堂に行った同僚が、帰って来るなり、真っ先にわたしのところに来てこういった。
「おい、デカビタみたいなやつ、ドリンクバーからなくなってたぞ」
わたしはおもいのほか、驚きもせず、そのことばを聞いていた。
これでもう、偽ビールをつくることも出来なくなった。


最近は無味乾燥なウーロン茶ばかり飲んでいる。