やましいたましい

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1Q83(ちょいまえのはなし)

任天堂ファミコンが数あるメーカーを差し置いて天下を取ったのは、実は実売価格が他社よりも500円だけ安かったからだ。
少なくても出はじめはそうだったとおもう。世間のマーケティングの実情は知らない。ただ、当時小学生だったわたしの実感からするとそうだ。当時、家庭用ゲームという新ジャンルとして、確か4社ぐらい同時に発売されたのを覚えている。セガもあったし、アルカディアなんてのもあったとおもう。その中にあって、新しいおもちゃに関してはイヌよりもスルドイ嗅覚を発揮していた当時のわれわれ小学キッズの間じゃ、むしろ任天堂ファミコンは評価は低かった。今調べてみるとスペック的にはファミコンもすごかったらしいが、当時のわれわれ小学生マインドをくすぐられるのはやはり見栄えである。赤というよりはむしろあずき色に近い色のデザイン。あずき色とはいってみればおばあちゃんの色。そんなイメージのファミコンよりも、黒やグレーなどの男前なスタイリッシュ感で演出してくる他のメーカーにワレワレの心は動いた。しかも任天堂などというメーカーは当時われわれの中での認知度はまるでなかった。バンダイといえば「知ってるーっ!」などとハリセンボンの近藤春奈のごとく語気を強めたくもなるが、任天堂といえばワレワレの中じゃさっぱりだった。ばあちゃん色の任天堂。男前な他のメーカー。結果はあきらかだった。「オレはアルカディアを買う!」と宣言していた友達はいたが、「任天堂サイコー」などと言う友達はすくなくともわたしのまわりにはひとりもいなった。
しかし結局まわりのほどんどが買ったのは任天堂ファミコンだった。500円安かったからだ。センス オブ ワンダーなワレワレの感性に気づける親は皆無だったのだ。そしてその親を納得させるだけの説明の言葉も当時のワレワレは持ち合わせてはなかった。「同じゲーム機なんだから、これでいいでしょ」というノンセンスな卑劣な親の言葉に、なす術もなく屈服していく同胞は、当時日本の各地にもかなりいたのではないだろうか。結局わたしのまわりで希望どおりアルカディアを買ったのは金持ちの地主の息子"J"くんだけで、あとはみんな任天堂ファミコンだったとおもう。それよりお金のない家のわたしは、もっぱら買った友達の家に行ってやらせてもらう派(そんな派あるか)だったが。
ファミコンを買った友達と、その家でわたしたちは、さして自分で動かしてる感のない野球ゲームをやった。テレビゲーム自体がめずらしいことだったのでそれなりわたしたちは楽しんだ。その友達は買ったばかりのファミコンを前に「結局これになっちゃったよ(しょーもな)」と言った。なんともしぶい八代亜紀の顔のようだった。あかりはぼんやり灯りゃいいんだろうか。こんな真昼間なのに。
のちに任天堂ファミコンが本当の意味で天下を取ることになるほんの少し前の話である。
物事の結果を左右するのは、実は本質とはまったく無関係の「わずかな差」だったりすることがある。なぜベータではなくVHSだったんだろうか。なぜプラズマではなく液晶なんだろうか。それじゃあ、そもそもなぜMacではなくwindowsなんだろうか。
スガシカオは、世の中に対する自分の音楽の提示の仕方にものすごく自覚的だったとおもう。
それでは森広隆はどうだったのだろうか。ものすごく高い音楽性をもちながらの今の結果に、わたしは少し憤りを感じたりします。


並立概念

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