やましいたましい

音楽を中心に服、本、生活の話題など

かぜひいてまんねん

喪中の身なので、初詣に行くつもりはなかったが、去年のお札とお守りは返さなくてはならない。入口だけ入ってお札とお守りをおいて、そっと帰ってくればいい。そんな感じでいいだろう。わたしは神社にだけは例年通り行くことにした。
去年の暮れに聞いたパートのおばちゃんの話によれば、毎年参拝客が一番多い、甲府で一番有名な神社「武田神社」には神様はいないという。神様ではなく武田信玄公を祀っている神社だからだそうだ。その話を聞きながらわたしの武田神社に対するテンションはグッと下がった。そして頭の中「武田神社」という線はスッと消えてった。わたしもけっこうまわりに影響される。
こうなったらわたしの家から次に近い神社を探さなくてはいけない。ネットで調べる。かな〜りしらべる。すると一宮にある「浅間神社」という神社が浮上してきた。おおぉっ一宮。一宮といえば、おととし合併反対運動を繰り広げ、全国でも有名になったHIPHOP集団「still ichimiya」がいる町だ。
still ichimiyaといえば、政治的なメッセージだけではない、音作りも非常にラディカルはHIPHOP集団だ。音もなんとなく神社に合いそうな雰囲気もするしね。まして浅間神社は一宮では一番大きな神社だ。もしかしたら彼らがいるかも知れない。ありえるよ地元なんだもの。いたらどうしよう。そして一宮音頭で盛り上がっていたら。わたしもわずかながらの経験だが、夜通しクラブなどで踊りながら陶酔していくあの感覚は知っている。この際おもわず参加してしまうではないか。わたしの心は少しばかり浮き足立った。
だがほどなくしてすぐに不安な気持ちがおそってきた。ちょっと待てよ。おととしの一件で、街全体が異様に盛り上がり一つになったあげく、まさか完全なHIPHOPな街になっていやしないだろうか。いや、街全体とはいわなくても、HIPHOPな一宮チルドレンは大勢いるだろう。もしかしたら、毎年恒例の成人式で意味もなく暴れる未成年達のように盛り上がっているかも知れない。そんな場所にわたしのような、ラジカセに足の小指をぶつけただけで、もだえ苦しみ涙してしまうような情けない男が行ったらどうなってしまうだろう。わたしもHIPHOPは大好きだ。しかしどちらかというとわたしは、なんちゃってロック畑出身の男なのだ。服装もダウンジャケットにジーンズという100%防寒重視で行こうとしている。若者の感性は非常にするどい。こんなわたしのことだ。すぐに素性などはあかされてしまう。
「あれ、おにいさんHIPHOPじゃないね」
「ここはHIPHOPなんだ、HIPHOPだけなんだよ」
「合併問題どうおもうんだ YO YO」
「ヘイ メーン、ヘイ メーン」
こまる。非常にこまります。わたしはこっそりお札とお守りを返しに来ただけなのだ。そしておみくじという、ささやかな楽しみをして静かに帰りたいだけなのだ。一宮事情とかほんとわからないですから。わたしは正月そうそう憂鬱な気分になってきた。なぜならわたしは行ってしまうからだ。こういうパターンの時わたしはなぜかえらんでしまう。なにか使命感めいたものを傍らにしながら。人間は危険な道を選んできたからこそ進化してきたのだと言うが、そんなたいそうなことではない。わたしのこの性格を「アホ」という言葉以外で解き明かしたことは未だない。
行ってみればなんてことなかった。一宮の町はまず、人がいなかった。実際の神社にも正月だというのに人はまばらだった。どこいったんだ若者!わたしはほんの少しだががっかりしていた。こうなったら粛々と事を進めるだけだ。わたしはすばやくお守りとお札を返し、替わりのお札とお守りを買いに売り場に向かった。売り場では巫女さんがさしてつまらぬ顔で暇そうに立っていたが、わたしに気づくとすばやく仕事モードに切り替え、すぐに満面の笑みが用意された。
わたしはそれ相応の札を手にとり、次に数ある中からわたしに合ったお守りを探した。安産祈願、家内安全、交通安全、交通安全・・・交通安全ばっかじゃないか!そこには各色取り揃えの交通安全のお守りが並んでいた。違う。わたしはもっとこう、かぜ薬でいえば総合感冒薬的な、全てのおもいを託せるものが欲しいのだ。交通安全だけじゃ納得できないよ。わたしは今度は全力で探す。見ると隅っこの方に厄除け的なお守りがワンコーナー設けられているではないか。少しためらったが、わたしはそれで納得することにした。
お金を払っている間、巫女さんが暇そうだったので、わたしはそれとなく浮かんだ疑問を聞いてみる。
「ここは何の神様なんですかね」
すると、すぐさま答えが返ってきた。
「ここは安産の神様ですよ」
ガーン。関係ない。ぜんぜん関係ないではないか。かすりもしなかった巫女さんのおもわぬ答えに、わたしはとっさにがっついてしまった。
「なんかこう、他にはないんですかね」
ああ、しもた。巫女さんが結構こまっている。ついさっきまで満面の笑みはもう消え、こまった八代亜紀のようになっている。わたしはがっついてしまったことを恥じ、あやまって帰ろうとした。そんな時、間に合わせるかのように巫女さんの言葉が返ってきた。
「ああ、でも、だいたいみんな大丈夫です」
ああそう。だいたいみんな大丈夫なのね。
安心したわたしはバックステップでとっとと帰った。もちろんHIPHOP風。
そして次の日かぜをひいた。